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神戸地方裁判所 昭和56年(ワ)1170号 判決 1983年1月31日

原告

小野みさと

被告

星村こと李博行

主文

被告らは各自原告に対し、金五、一一三万一、一七五円およびこれに対する昭和五四年九月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分し、その七を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。

この判決は、第一項にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し、金七、〇〇〇万円およびこれに対する昭和五四年九月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

原告は、左記交通事故により、受傷した。

(1) 日時 昭和五四年九月一二日午前三時一五分ころ

(2) 場所 神戸市兵庫区七宮町二丁目三番二一号先

(3) 加害車両 普通乗用自動車(神戸五七は六四三号)

所有者 被告会社

運転者 被告 李博行(以下、被告李という。)

同乗者 原告

(4) 態様 被告李が加害車両の運転を誤り、三角地帯に乗り上げて水銀灯に激突した。

(5) 受傷の内容 頭部外傷Ⅲ型、顔面挫創、胃腸管出血等

(6) 治療経過

(イ) 昭和五四年九月一二日から昭和五五年八月一二日まで(三三六日間)吉田病院に入院。

同年八月一二日から昭和五六年四月一三日まで(二四五日間)柏原病院に入院。

同年一一月二六日から昭和五七年八月三一日まで(二七五日間)玉津福祉リハビリテーシヨンセンターに入院

(ロ) 昭和五五年一二月八日症状固定

日常生活に全面的な介助を要する程度の左片麻痺、排尿障害、一〇才程度の知能にまで精神低下、視力、嗅覚は測定不能。

2  責任原因

(1) 被告李は、加害車両を運転して、右に約四五度の角度でカーブしている道路を進行するにあたり、道路状況に応じ速度を調節し、ハンドル、ブレーキ等を的確に操作して進路を適確に保持し、その安全を確認しつつ進行すべき義務を怠り、漫然時速約九〇キロメートルで進行した過失により本件事故を惹起せしめたものであるから、民法七〇九条所定の責任がある。

(2) 被告会社は、加害車両を保有し、当時、運行の用に供していたものであるから、自賠法三条所定の責任がある。

3  損害

(1) 治療費 金六七二万四、四七四円(うち既払額金五五八万二、二八一円)

(2) 入院雑費 金六〇万二、〇〇〇円

入院期間八六日間(吉田病院三三六日間、柏原病院二四五日間、玉津福祉リハビリテーシヨンセンター二七九日間)に対する一日当り金七〇〇円の入院雑費である。

(3) 休業損害 金一五三万五、三九〇円

原告は、事故当時、満一九歳でモロゾフ製菓に勤務していたが、試用期間中であつたから、満一九歳の平均賃金(月額金九万五、三〇〇円、年間賞与金九万〇、八〇〇円)により、事故当日から症状の固定した昭和五五年一二月八日までの四四五日間の休業損害を算出すると金一五三万五、三九〇円となる〔(95,300円×12+90,800円)÷365×454=1,535,390円〕。

(4) 逸失利益 金三、四七五万〇、三〇四円

原告の労働能力は完全に喪失しているから、昭和五六年度賃金センサスの「第一巻第一表高卒女子労働者二一歳企業規模計」により就労可能年数を四六年として計算すると金三、四七五万〇、三〇四円となる〔(114,100円×12+107,400円)×23.534=34,750,304円〕。

(5) 慰藉料 金二、〇〇〇万円

(6) 付添看護料 金四、〇三七万七、六三〇円

(イ) 入院中の付添費 金一一七万五、一七〇円(うち既払額金四五万〇、一七〇円)

(ロ) 将来の付添費 金三、九二〇万二、四六〇円

原告は柏原病院よりの退院時である昭和五六年四月一三日当時満二一歳であつたが生涯を通じて付添看護を要するから、昭和五四年簡易生命表により五八・八五年間の費用を一日当り金四、〇〇〇円として計算すると金三、九二〇万二、四六〇円となる。

(7) 器具費用 金四万一、一五〇円(既払額)

(8) 損害の填補 金一、七〇五万九、七一〇円

以上(1)ないし(7)の合計額は金一〇、四〇三万〇、九四〇円であるところ、原告は治療費として金五五八万二、二八一円、付添費として金四五万〇、一七〇円、休業損害として金四七万六、一〇九円、慰藉料として金二一五万円、器具費用として金四万一、一五〇円の支払を受けたほか、自賠責保険から金八三六万円の給付を受けたから、填補額合計金一、七〇五万九、七一〇円を控除すると損害額は金八六九七万一、二三〇円となる。

4  結論

よつて、原告は被告らに対し、連帯して原告の被つた損害額のうち、金七、〇〇〇万円とこれに対する本件事故発生の日である昭和五四年九月一二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち(1)ないし(4)は認めるが、(5)、(6)は知らない。

2  同2は争う。

3  同3のうち、(1)ないし(7)は知らないが(8)の填補額は認める。

三  好意同乗、過失相殺による減額の主張

本件事故は、午前三時という異常な時刻に、原告が被告李運転の加害車両に同乗してドライブに興じている際に発生したものであるから、好意同乗、過失相殺の法理を適用して、損害額の三割以上を減殺するのが相当である。

四  好意同乗、過失相殺の主張に対する認否

争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件交通事故の発生について

請求原因1の(1)ないし(4)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三号証、乙第二〇号証、第二五号証、第二七、二八号証、第三一号証、第三四号証、第四三号証によれば、被告李と兄である李博文の両名は、昭和五四年九月一二日午前一時ころ、神戸市内の三宮付近で面識のない岡良重(当時一六歳)をドライブに誘つて被告李の運転する加害車両に同乗させ、さらに同女の友人である原告を、その住所である神戸市東灘区魚崎中町二丁目にまで赴いてドライブに誘つて同乗させ、須磨方面にドライブをするため同日午前三時一五分ころ、本件事故現場付近にさしかかつたのであるが、同所は約四五度の角度でカーブしていたのであるから、適宜速度を調節し、ハンドル、ブレーキ等を的確に操作して進路を保ち、安全を確認しつつ進行すべきであつたのにかかわらず、被告李は、これらの注意義務を怠り、時速約九〇キロメートルの高速度で進行したため、道路のカーブに沿つて進行できず加害車両を左方に滑走させてハンドル操作の自由を失い、進路左側の歩道上に乗り上げさせて、自車左後部を水銀灯の鉄柱に激突させ、原告に対し、頭部外傷Ⅲ型、顔面挫創、胃腸管出血等の傷害を負わせたことが認められる。

二  原告の治療経過と後遺症について

成立に争いのない甲第二、三号証、第六号証ないし第九号証、証人石川和美、同小野ミヤコの各証言に弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による受傷の治療のため、昭和五四年九月一二日から昭和五五年八月一二日まで(三三六日間)吉田病院で入院治療を受け、同年八月一三日から昭和五六年四月一三日まで(二四五日間)柏原病院に転医して入院治療を受けたが、同病院において、昭和五五年一二月八日、臨床検査上、スクリーニシグ検査では特記することができないけれども、左片麻痺の型をとり、精神活動の低下、知能レベルの低下をともない、床上動作はほとんど困難で、左上肢、左下肢の変形を含め、訓練をするも機能面の改善をほとんどみなかつたとして、症状固定の診断を受け、日常生活動作の全面に介助を要し、排尿障害(尿失禁)、精神活動低下(一〇歳程度)の後遺症を残したとされたこと、原告は、右のような症状固定の診断にかかわらず、原告の後遺症状に適合した住宅の改造、車椅子の入手が遅れたため、前記のとおり昭和五六年四月一三日まで柏原病院に入院し、以後通院していたが、昭和五六年一一月二六日、機能訓練によつて右後遺症の改善は極めて困難であるとの予測は十分できたのであるけれども、専門的な施設において機能訓練を試みてほしいとの原告の家族の希望により、玉津福祉センター・リハビリテーシヨンセンター附属中央病院に入院し、同日から昭和五七年八月三一日まで、同病院において、機能改善のため治療と訓練を受けたが、当初の予測のとおり改善することがなかつたことが認められる。

三  責任原因について

(1)  前記一認定事実によれば、被告李が民法七〇九条所定の責任を負うことは明らかである。

(2)  成立に争いのない乙第二一号証、第五一号証、第五三号証によれば、被告会社は加害車両を保有し、本件事故当時、これを運行の用に供したものと認められるから、自賠法三条所定の責任がある。

四  損害について

(1)  治療費 金五五八万二、二八一円

成立に争いのない乙第五五号証の一、二、第五六号証ないし第六二号証、第六四、六五号証、甲第一四号証と弁論の全趣旨によれば、昭和五四年九月一二日から症状の固定した昭和五五年一二月八日までの吉田病院および柏原病院における入院治療費として金五五八万二、二八一円を要したことが認められるところ、右治療費は本件交通事故と相当因果関係の範囲内にある損害として是認できる。しかし、成立に争いのない甲第六号証ないし第八号証、甲第一一号証の一ないし一八によれば、原告は、症状固定後も柏原病院に入通院し、さらに玉津福祉センター・リハビリテーシヨンセンター附属中央病院に入院して、原告が治療費を負担していることが認められるけれども、前記二に認定したところによると、右治療費は、本件事故と相当因果関係の範囲内にある損害として是認するのは相当でない。

(2)  入院雑費 金三一万七、八〇〇円

原告の症状が固定した昭和五五年一二月八日までの吉田病院および柏原病院の入院期間四五四日間(吉田病院三三六日間、柏原病院一一八日間)について一日当りすくなくとも金七〇〇円の入院雑費を要するものと認められる(700円×454=317,800円)。

前記(1)と同様の理由により症状固定後の入院雑費は相当因果関係の範囲にないというべきである。

(3)  休業損害 金一五三万五、三九〇円

証人小野ミヤコの証言と弁論の全趣旨によれば、原告は昭和三四年九月一七日生れであつて、定時制高校を卒業し、本件事故当時モロゾフ製菓に試用されていたものであるが、すくなくとも昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表女子労働者の新制高校卒「一八歳~一九歳」の企業規模計「きまつて支給する現金給与額」の金九万五、三〇〇円、「年間賞与その他特別給与額」の金一〇万四、五〇〇円を下らない収入を得ていたものと認められるから、これにより本件事故発生日である昭和五四年九月一二日から症状の固定した昭和五五年一二月八日までの四五四日間の休業損害を算定すると金一五五万二、四三一円〔(95,300円×12+104,500円)÷365×454=1,552,431円〕となるから、原告の主張額金一五三万五、三九〇円を是認する。

(4)  逸失利益 金三、四七五万〇、三〇四円

原告は、症状の固定した昭和五五年一二月八日には、満二一歳に達し、その後遺症の程度と内容に照らし、その労働能力は完全に喪失し、その就労可能年数である満六七歳まで四六年間改善の見込みはないと考えられるから、昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表女子労働者の新制高校卒「二〇歳~二四歳」の企業規模計「きまつて支給する現金給与額」の金一一万四、一〇〇円、「年間賞与その他特別給与額」の金四〇万五、二〇〇円により原告の逸失利益の現価を算出すると金四、一七七万四、六九九円となる〔(114,100円×12+405,200円)×23.534(ホフマン係数)=411,774,699〕となるから、原告の主張額金三、四七五万〇、三〇四円を是認する。

(5)  慰藉料 金一、〇〇〇万円

原告の年齢、職業、受傷の部位、程度、症状固定時までの入院期間、後遺症の内容、程度、本件事故の態様とくに無償の好意同乗であること、その他諸般の事情を斟酌して、原告の慰藉料額は金一、〇〇〇万円をもつて相当であると考える。

(6)  付添介助費 金二、〇九六万三、九六〇円

(イ)  入院中の付添費 金一三六万二、〇〇〇円

原告の傷害の部位、程度に照らして症状が固定した昭和五五年一二月八日までの吉田病院および柏原病院の入院期間四五四日間について付添看護を要し、その費用は一日当り金三〇〇〇円をもつて相当と認められるから、入院中の付添費は金一三六万二、〇〇〇円となる。

(ロ)  将来の介助費 金一、九六〇万一、九六〇円

原告は、その症状が固定した昭和五五年一二月八日には満二一歳に達したものであるが、原告の後遺症の内容、程度に照らし、生涯にわたつて日常生活動作の全面に介助を要し、その介助費は一日当り金二、〇〇〇円をもつて相当であると認められるから、昭和五五年簡易生命表により平均余命五八・七五年間の介助費を算定すると金一、九六〇万一、九六〇円となる〔2,000円×365×26.852(ホフマン係数)=19,601,960円〕。

(7)  器具費用 金四万一、一五〇円

成立に争いのない甲第一四号証、乙第五九号証に弁論の全趣旨によれば、後遺症のため器具費用として金四万一、一五〇円を要したことが認められる。

(8)  損害の填補 金一、七〇五万九、七一〇円

原告が損害の填補として金一、七〇五万九、七一〇円を受けたことは当事者間に争いがない。

五  好意同乗、過失相殺による減額の主張について

本件事故は、原告が被告の運転する加害車両に無償で好意同乗中に発生したものであるが、かかる事情は慰藉料額の算定に際して減額事由として斟酌すれば足り、それ以外の損害費目についてまで斟酌するのは相当でないと考える。また、本件については過失相殺を適用すべきでないことは前記一の認定事実に照らして明らかである。

六  結論

以上のとおりであつて、前記一の(1)ないし(7)の合計額から(8)を控除した金五、一一三万一、一七五円が原告の被告らに請求し得る損害額であるから、原告の本訴請求は、原告が被告らに対し、金五、一一三万一、一七五円とこれに対する本件事故発生の日である昭和五四年九月一二日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うべきことを求める限度で正当として認容するが、その余は失当として棄却することとし民訴法八九条、九三条、同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井昱朗)

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